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20180126

おとなって呼ぶにふさわしいひとってどんなだろうって、最近常々思う(33)。


真面目に、誠実に協調した生活をしているつもりでも、まるで交通事故のような、横からだったり、後ろからだったり、もしくは正面から突然何かが飛び出してくるようなことがある。 気持ちを揺さぶられ、不安になったり憤りを感じたり、疲労を感じることも、ある。 人は、そんな風に思う俺を『弱い』と。たまにふんわりしたオブラートに包んでで 『優しい』なんて云う。君こそ優しいよいつもありがとう。 また、そんなことはなぜだかどうして同じ時期に続いてしまったりするものだ。 振り返ってみなくても、自分にも責任があったと痛感することも、然り。


んーどうにもならないことが多すぎるー。なんて思うと、正直お酒もタバコも全く身体に合わない俺は、どうにもならない音楽に耳も心も寄り添って、目に見えるようなモノではないけど、やっぱりこれしかいないなぁなんて思う、今日この頃。(33)


スタジオに行けば、日に日に弱々しい体になっていく優しい顔をしたタカヒロ(本当に色々と治してほしい。お酒飲んでるとき手震えてるぞ。)と、ここ2年くらいいつもクタクタのマコ(元気出してほしい)と、『愉快な仲間たち』と括りたくなるけどスピンオフしたら実はドラマがあるであろう、サポートの本多と平塚がいて、それぞれ何かしらの何かを置いてきて、または連れてきて、小さなスタジオで同じ曲を鳴らして、作ったりしている。
そんな今の自分たちで鳴らしている音が、少し前とは明らかに何かが変わった気がしている。別に俺が弱っていたり、音楽にすがりついているからじゃない。そうだったとしてもそれはそれでいいかな。


続けることに意味があるって、思ってきたし言ってきたけど、そこで何も考えていない、もしくは此処にいることを決めた自分を忘れてしまって、一所懸命になれない、カタチにできないまま此処にいることを迷いながら続けるのなら、それはあんまりいいガマンじゃないし、あまり意味はないのかもしれない。
次の信号で右か左へゆけー!道は続くのでどこかでまた会おう!だ。


きちんと同じ方向に向かっていて、その中でそれぞれが、音に、色々なものを乗せるのがなんだか少し上手になってきたような気がする。(33)
きっとまたどっかから何か飛び出してきても、このまま行きたい、行ける気がする。 そう思うと、俺も少し前よりは強くなった気も。(33)


歳を重ねるほど重くなる言葉の責任に気づいて
その責任をきちんと果たせる人 おとなになろうぜ


そのほうが かっこよくて きれいで たのしいよ



NOTES #1(WE WERE HERE)

NOTES #2(THE WELLINGTONS JAPAN TOUR)

NOTES #3(20180126)


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